「しつけ」について

「しつけ」について

「しつけ」について

私たちが考える「躾」

「躾」「礼儀作法」は、いくら待っていても子どもの中から出てくるものではありません。
まず、ルールとして「教えしつける」ものでしょう。それは例えば狂言でいう「型」とおなじだと思うのです。個性とは、型ができた上に、さらに上積みされていくもの。何もないのにいきなり『個性を伸ばせ』というのは無理だと思うのです。個性の伸ばし方として、方法論として『型』があります。ルールのない自由は決して認められるものではありません。
幼児教育の世界では「一人ひとりの個性を大事に」「子どもの主体性を育てる」「遊びを中心とした」「のびのびと、子どもの思いを大切に」などの耳ざわりのいいことばを掲げ、「躾」などは押し付けだと排除し、一見「自由」で「個性を大切に」しているかのように見える「放任保育」「わがまま助長保育」がはびこっています。子どもの思い、個性を大切にすることはもちろんですが、その前にやはり大人の側が「教える」ことが必要だと考えています。

褒めるしつけ

「躾」というとどうしても「厳しく叱りつけて、強制的に」、というイメージがつきまといますが、かすがようちえんでは、むしろできるだけ「褒めて」しつけるべきだと考えています。
できたこと、たとえば先の例でいえば、我慢して片付けられたら「ちゃんと片付けられたね」と褒めてあげる、そんな繰り返しの中でしつけていく。
時には叱ることも必要でしょうが、今度はしつける大人の側の我慢が問われることになるのかもしれません。


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